2021年9月6日
四衢 亮 (不遠寺住職)
第36話 8月の願い
オリンピックで思い出すのはモハメド・アリさんのことです。
1960年のローマオリンピックでライトヘビー級で金メダルを獲得し、
その年にプロに転向し、その後世界ヘビー級チャンピオンとなりました。
アリさんは、1967年にベトナム戦争への徴兵を
「俺はベトコンに恨みはない、やつらは俺のことをニガーと呼んだことはない」と拒否しました。
現在なら多くの賛同を呼ぶ発言かもしれませんが、当時は国家への反逆とみなされ、
ヘビー級王座をはく奪され、プロボクサーのライセンスも停止されました。
米国政府との法廷闘争が繰り広げられ、最終的に無罪を勝ち取ります。ベトナム戦争は泥沼化し、
世界やアメリカ国内でも反戦のうねりが高まる中、毅然とした態度をとり続けたアリさんは、
もう反逆者ではありませんでした。「人間を殺す道具として私は使われたくない。」と
訴え続けた言葉は、世界中に共感を呼び起こしていきました。
兵役拒否から30年経った1996年。アメリカのアトランタでオリンピックが開かれ、
開会式で聖火台に聖火を点火するのはアリさんでした。病気のため手が震えていましたが、
最も尊敬されるアスリートでした。これまでのオリンピックで最も記憶に残っている場面です。
アリさんが言うように、アメリカの若者とベトナムの若者が、
血みどろの殺し合いをしなければならない個人的な理由は全くないのです。
別の機会に出会っていれば、親しい友だちになっていたかもしれません。
しかし国と国の戦争になると、一人ひとりの顔が見えなくなり相手国を罵り嫌悪感が喧伝され、
互いに憎しみを焚きつけられ怨みの心を持つようになります。
お釈迦様は、「兵戈無用(軍隊も武器もいらない)」と未来の仏である弥勒菩薩に語ります。
これは夢物語ではありません。未来に向けての過去からの歴史を貫く願いです。
私たちもその願いをかけられた身であることを確かめるために、歴史に静かに耳を傾ける8月です。