2021年12月3日
三島 多聞 (高山別院輪番)
第48話 鶴亀の燭台
長いこと日照りが続いた。池の水がとうとう盃一杯の水を残して干せ上った
池の主の亀は「わしの命も今日までか」と観念した。そこへ一羽の鶴が飛んできて「その水私に飲ませてくれないか」と頼んだ。無論、亀は断った。すると鶴は、私がこの水を飲んで元気を取り戻したら、あなたを大きな湖に連れて行ってやるといった。亀は考えた。今日一日の命で終わるか、万年生きる命を手に入れるか。できればそうしたいが、鶴の話は本当か嘘か?しばらく考えた末、鶴を信じて水をゆずった。鶴は水を飲み干すと、亀をついばんで空高く舞い上がった。随分時が経ったところで、ふと亀は「本当に連れていってくれるのか」という疑念がおきた。そこで確かめるために、「鶴さん湖はまだか」と尋ねた。鶴は「もうすぐです」と答えるやいなや、亀は鶴のくちばしからポロリと離れ、砂漠に黒豆が吸い込まれるように消えていった。(旧雑譬喩経)
お寺の報恩講に参ると、大きな鶴亀の燭台が一対荘厳してある。一つの燭台は、口を閉じた亀に口を閉じた鶴。他の一つは口を開けた亀に口を開けた鶴。報恩講にあたり日頃の「信・不信」が問われている形取りになっている。
芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」を思い出す。カンダタという悪人が地獄に落ちている。仏様は一本のクモの糸を彼に向って垂らした。彼は真っ暗な闇にキラリと光るクモの糸を見つけしがみつき、何よりの救いとクモの糸を登り始めた。しばらくして彼は後ろを振り返って驚いた。自分の後ろに多勢の者が同じ糸を登ってくるのではないか。「糸が切れる」と疑った彼は「これは俺の糸だ。あがってくるな」と叫んだ瞬間、クモの糸は彼が握っている手のすぐ前でプツリと切れた。
み仏にこの身心をまかせることを難しくしているのは、自分の思いをしっかり抱きしめているからです。