2022年8月12日
北條 秀樹 (了泉寺住職)
第83話 隣のヒヨ
6月初頭、寺の裏庭に頻繁に来訪者が現れるようになった。
「ヒーヨ、ヒーヨ」いう声、ヒヨドリのつがいだ。10日ほどして、彼らは居間に面した縁側すぐ前の一番近い庭木の、私の背丈ほどの低さに巣を構えていた。近すぎないかい?とは思ったものの、退去頂く理由も無く、そこから同居が始まった。
ある頃から一羽がほぼ終日巣に居るようになった。もしやと思い、たまのお留守に巣を覗いてみたところ、卵が3個生まれていた。そうなるとこちらも、親鳥が留守の間に卵が何者かに襲われないか心配になっていたが、私が縁側を覗いてみるときほぼいつでも、ヒヨドリ母さんは、巣から離れることなく座り続けていた。
そして数日後「ピヨピヨ」と高い声。卵は無事3羽ともかえって、雛たちは元気に餌をおねだりしていた。その様子のなんと可愛いこと。
私も嬉しくなり、頻繁に巣に目を向けるようになった。そうして見ていると、親鳥が餌を捕りに巣を離れても、すぐにもう一羽がやって来ることに気づいた。実は両親で一緒にずっと子育てしていたのだ。また、夕立の豪雨の中、親鳥は羽根を広げて巣をすっぽり覆い、子を守っていた。献身的な姿に縁側から見ていて感動すら感じた。
雛鳥の成長はとても早く、2週間ほどで巣立ち、そこから更に1週間ほど親から飛び方や生き方を習い、親元を離れて行くそうだ。一家を寺の庭で見るのもあと半月ほどだろう、それまで見守れたらと思う。
さて、ピヨピヨと餌をおねだりし、雨の中も親鳥の羽根の下で濡れずにすくすくと育っている3羽の雛鳥達は、自分たちが願われ守られていることに気付いているのだろうか?気付いてはいないかも知れない。でも、自分が気付いていないことに関係なく、願われ守られている事実が確かにある。
これは私達も同じ。私達の認識の有無は関係ない、私達は皆が無条件に願われているのだとお釈迦さまは説いておられる。ヒヨドリ一家だけのことではないのだ。