飛騨御坊・高山別院照蓮寺・真宗大谷派 岐阜高山教区 高山教務支所

ひだ御坊一口法話

2022年7月22日

上清水 信男 (西蓮寺)

第80話 表現するものとして

元ハンセン病患者、田端明(仮名)さんは、1904年にハンセン病を発症し、4月18日に郷里を離れ、国立療養所長島愛生園に入所されました。その5年後、両眼を失明され、絶望のどん底で苦しまれ、一生涯療養所から退所することはかないませんでした。

 当時ハンセン病は伝染病とされ、そして不治の病とされており、社会から不当な差別・排除の対象にされてきました。また国策としての「無癩県運動」の名のもとに強制隔離されました。しかし「プロミン」という薬剤のおかげでハンセン病は完治したのです。にもかかわらず故郷に帰ることはできなかったのです。それは現在においても続いています。またその家族の方々もいわれなき差別と偏見に苦しみ泣かされ、現在も名乗れないのです。

 

                 「生」

得がたき人間に生まれさせていただいたのだから、生き甲斐のある人生にしていこう

2度とない人生だから明るく生きていこう

ハンセン病になったのだから人生を見直していこう

折角盲人になったのだから問題を自分に問いかけて心の眼(まなこ)を開いていこう

自然(じねん)の法に生かされているのだから生きるとは、死ぬとは、命とは何かを考えていこう

与えられた命だから、白骨の身になる迄の汗を拭きながら、法の鏡に照らされて浄土の道を一歩一歩間違いなく踏みしめていこう

良い種を蒔いて育てて良き花を咲かせていこう

                              『石蕗の花』より(田端 明)

あきらめの人生ではない。

国や社会に対しての恨みやつらみを超えて生きてられた、田端明さんの人生を感じます。田端明さんは2017年、99年の生き様を表現するものとして生涯を終えました。

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