2024年2月15日
江馬 雅臣 (賢誓寺副住職)
第140話 仏法は人を通して伝わる
お寺の子ども会を続けて約20年、いつも子どもたちと一緒に『正信偈』のお勤めをし、仏様のお話を共に聞いて、本堂や境内で遊び、時にはおやつやお斎などをいただく事もあります。特別なことはしていませんが、子どもたちと出会うことによって私自身が教えられた事は数えきれません。
ある日の子ども会が終わり、玄関で子どもたちを見送っていたら一人の女の子が下駄箱から自分の靴を取り出し、靴に手を合わせて合掌してから履いている姿が目に飛び込んできました。私は女の子に近づいて「大事なことだね。誰かに教えてもらったの」と聞くと、女の子は「ウチのおじいちゃんがお世話になっている靴さんにもお礼をしなきゃいけないよと教えてくれた」と語ってくれました。
私はその女の子の姿からハッと気づかされ、日常生活の中で当たり前にしてしまっている事が沢山あるなと痛感させられた出来事でした。
本願寺八代目の蓮如上人が語られた言葉をまとめた『蓮如上人御一代記聞書』という書物の中にこのような言葉があります。
「聖教をすき、こしらえもちたるひとの子孫には、仏法者、いでくるなり。
ひとたび、仏法をたしなみそうろうひとは、大様になれども、おどろきやすきなり」『真宗聖典』八六六頁
私訳すると「仏教や浄土真宗の教えを大切にしている人の子や孫には仏法を大切にする人が誕生します。日頃から仏法を大切に生活している人は、忙しさの中で暮らしていても、ハッと気づいて大切なことを思い出すのです。」
私の日々の生活は自分勝手に生きています。そんな私に、女の子を通して仏法が届けられ、頭が下がる出来事に遇わせていただいた。
仏法を聞く生活を通して、何気ない日常に驚き気づいていくことを賜れば、退屈な日常が「おかげさま」となって転じ私の人生が輝いてくるのだと思います。
女の子が師となり友となって私を目覚ませてくれる。あらためて、仏法は人を通じて伝わるのだと実感したことです。