2023年3月31日
細川 宗德 (蓮乗寺住職)
第116話 三宝なきところで仏事をなす
「父は天国へ旅立ちました」。
お葬式で耳にする、喪主のあいさつ。「お寺へよくお参りに出かけたお父さんなら、そこは仏さまの国へ、でしょう」とチェックを入れるのは、お坊さんの悪いくせ。私ならば「天国でもがんばって」と声をかけます。
仏さま、その教え、そして仏法の友……この三つの宝に恵まれない天国。そんな未開の地で、志を失うことなく仏法に生きるのですから頭が下がります。居心地のよい「ホーム」を離れ、あえて「アウェイ」にいどむ、まさに開拓者。阪神ファンが集う甲子園ライトスタンドで、ただ一人、ドラゴンズに声援を送るようなものかと思います。不退転の覚悟。菩薩にしかできないお仕事です。
探してみれば、志のある人は私たちの周りにも。昨年十一月、名古屋での矢沢永吉コンサート。上下白のスーツを着込んだ、こわもてのお兄さんが目に付くなか、あるアベックにびっくり。私には見慣れた服装で参集しています。思わず声をかけてしまいました。「それって、お坊さんの衣ですよね。しかも真宗大谷派の」。黒い僧衣は、見ようによっては、おしゃれなロングコート。アベックいわく「気合いを入れて正装で来ました」。
京都の東本願寺は、親鸞聖人のご命日法要「報恩講」でした。そこへは向かわず、僧衣で矢沢コンサートに乗り込むとは。お堂を飛び出しての、無仏の会場での布教活動。さぞ親鸞聖人もお喜びでしょう。アベックは富山から。仏法の盛んな、北陸の土徳を感じました。
私のささいな体験も。法事のおときで、観光客で賑わう焼肉店へ出かけたことがあります。もちろん僧衣のままで。少し緊張。「住職はナマですよね」。生臭坊主に見られていたとは……それは残念。ならば私が肉を焼き、皆さんの小皿に取り分けましょう。「住職に生ビールをもう一杯」。肉食杯帯。私にできるのは、せいぜいここまで。東山寺院の住職さんを見習わなくては。