2022年7月29日
細川 宗徳 (蓮乗寺住職)
第81話 時間よ止まれ
戦争が始まった当初から気になることを。ロシアの戦車にペイントした「z」の文字。ウクライナへの侵攻支持の意と聞くが、あれを許せない矢沢永吉ファンは多いだろう。必須アイテムのバスタオルにも描かれる、ロックスター「E.Yazawa」の神聖なロゴ「z」を、ロシアを正当化するシンボルにするなんて。こわもての元お兄さん、やんちゃな元お姉さんがファンの大半を占めることをプーチン大統領は知ってか、知らずにか。ツッパリ相手にケンカを売るとは身のほど知らず。今年はデビュー五〇周年、ファンはただでさえ熱くなっている。
開戦から早くも四ヶ月。首都キエフは名称がキーウに、世界有数と言われる小麦畑は恵みなき地雷原に。人間は非情な存在なのか。「世界が大きく変わる」と不安をもって受け止めたニュースでさえ、時が経てば、いつもの、見慣れた、日常の一コマ。砲撃によって住民が去ったマンションも、半袖シャツで頑張るゼレンスキー大統領も。家族を失って大地に泣き崩れる老婆でさえも……。
チャンネルを替えればグルメ特集。週末には行列ができるという、いま話題のパン屋さん。外国から取り寄せる小麦にもこだわりが。レポーターいわく、特別に許可をもらい店内で試食中。「このピロシキ、ぜったい赤ワインが合うと思います」。以上、現地からのすぐに役立つ生活情報。コマーシャルの後は週末の天気予報を。
テレビの向こうには、破壊されたロシアの戦車。侵略者を撤退させ、防衛ラインを押し戻したという。車両が赤茶けているのは、高熱で燃え上がったせいか。「z」のマークさえ、いまでは識別が不能。異国の地で、家族に看取られることもなく、炎と煙のなかでロシア兵は最期に何を見たのか。
時間よ止まれ。移ろい流れゆく時のなか、しばし立ち止まって考える。これは「良いニュース」、それとも「悪いニュース」?