飛騨御坊・高山別院照蓮寺・真宗大谷派 岐阜高山教区 高山教務支所

ひだ御坊一口法話

2024年5月15日

山本 憲人 (寶藏寺住職)

第146話 超日月光に照らされて

 同行の方の年忌法要で、ご先祖様は何人いるかお話しました。「私」から数えて十代遡ると1022人になる、と言いましたら少々驚かれました。さらにその倍の二十代遡ると104 万人になると言いますとさらに驚かれました。その長い長い命のつながりの先に、私という一人の人間が誕生したということは、とてつもなく得難き命であります。しかし、一度、この世に出れば、競争の世界です。他と比べて少しでも優位を保とうとします。その姿勢が世 の中を発展させてきた原動力となっているのですが、その中で影となってきた人々もいる わけです。どんな社会的地位の人々でも、本来、比べることのできない「いのち」です。

 福沢諭吉の幼少の頃の話になりますが、諭吉の家に汚れた身なりの人がやってきたそう です。出迎えた諭吉の母は、その人を追い返すどころか家に迎え入れ、汚れた着物を新しい 着物に着替えさせ、ご飯をたらふく食べさせたそうです。その時、母は諭吉に「この人をばかにしてはいけませんよ、この人も仏さまから見れば可愛い一人息子なのですよ」と言ったという話が伝わっております。

   超日月光(ちょうにちがっこう)この身には 念仏三昧おしえしむ

     十方の如来は衆生を 一子のごとくに憐念す

                    浄土和讃『真宗聖典』489頁

 超日月光である阿弥陀如来様が私に「わが名(南無阿弥陀仏)を呼んでくれよ」と、念仏のこころを教えてくださいました。

 十方の如来はあらゆる衆生をたった一人のわが子のように、慈しみをもって憐れんでいてくださるのです。

 超日月光とは阿弥陀如来の別名です(正信偈、赤本の6頁3行目)。私たちが見ている太 陽や月の光は必ずある現象を起こします。それは影をつくるということです。私たちは影 なる人を作り出しますが、阿弥陀如来様は決して影になる人を作らない、あらゆる衆生に慈悲の御光を届けてくださっているのです。ですからどのような人ももらさず、一人一人が阿弥陀如来様の可愛い一人息子であり、一人娘なのです。

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