三島多聞 (高山別院輪番)

お釈迦様は、次の譬話(たとえばなし)をされた。

 昔、ある男に四人の夫人がいた。

 第一夫人は、どのように愛したか。まさに至れり尽くせりの愛情を注いだ。食事も風呂も寝床も一緒、外出する時は、常に同伴であった。何か欲しいと言えば、借金してでも買ってやった。夜食なんかは第一夫人のために自らつくってやった。

 第二夫人は、どのように大切にしたか。時に人と争ったり、徹夜してでも口説いて、やっとの思いで手に入れた夫人である。逃げていいかないように特別の部屋に住まわせ、外出する時も当然、連れて出た。

 第三夫人は、どのように関わったか。日頃は特に関心も持たない、まるで空気のような存在である。しかし、一番男を愛してくれているのだった。嬉しい時は、共に喜び、悲しい時は一緒に泣いてくれる。なくてはならない存在であった。

 第四夫人は、どのようにあつかったか。大切な人であるには違いないが、日頃関心を持たず、どちらかといえば、何かにつけて後まわし。約束しても、しょっちゅう忘れてしまう。時には無視してしまうような扱いだった。

 その男性、老いて死期が近づいてきた。独りで死ぬのはいかにも寂しい。そこで第一夫人に“一緒に死んでくれないか”とたのんだ。第一夫人はポロポロと涙をながし“あなたにお世話になりました。一緒に死にたいのはやまやまですが、こればっかりはできません”と断った。がっかりした男性は第二夫人に、同じようにお願いした。すると第二夫人は、“第一夫人ができないのに、どうして第二夫人である私ができましょうか”と、いとも冷たく断った。で、いつも世話してくれた第三夫人に声をかけると、声をあげて泣き出した。そして、“葬式も出します。お墓も建てて、ちゃんと納骨し、お盆はお参りします。でも、一緒に死ぬ、こればっかりはできません”と泣いた。男は、今さら第四夫人頼みにもならず途方に暮れた。すると第四夫人は、“私は親許を離れてあなたに嫁いで以来ずっと一緒でした。死ぬ時も一緒です”と声をかけてくれた。その時、その男は“しまった!”と後悔しました。日ごろもっと大切にすればよかったと。

 さて、お釈迦さまは、第一、第二、第三、第四夫人を何に譬えて説かれたのでしょうか。第一夫人は自分の身体のことです。何をさしおいても気にかけお金もかけるのです。いざという時は灰となってついてきてくれません。第二夫人は、お金、経済です。時に緊張し競争して手に入れ、普段は金庫に入れ、外出時には携帯して、大切にしてきたけれど、いざという時は何の役にもたちませんでした。

 第三夫人は何に譬たのでしょうか。それは家族です。悲しんでくれるけれど、葬式など後の面倒はみてくれるけれど、こればっかしはかないません。第四夫人は「こころ」に譬えてあります。親許を離れてからというのは、母親の腹をでてからズーと一緒です。

 で、お釈迦さまは、身も経済も家族もこころも皆大切であるのだが、一番大切にしなければならないのに、一番粗末にしているのは第四夫人に譬た「こころ」である。元気なうちに、この事に気づかねば人生無駄になってしまう。その「こころ」に“南無阿弥陀仏”と申して感謝しなさいと諭された。

  註 「こころ」とは弥陀の本願のことです。