飛騨御坊・高山別院照蓮寺・真宗大谷派 岐阜高山教区 高山教務支所

ひだ御坊一口法話

2021年2月16日

高島一成 (荘白川組 常德寺)

第13話 今日を生きる

わたしたちはいつも

「今日」しか生きていない。

昨日は永遠に去り、

明日は永遠に未来だ。

「今日」の一日を

お念仏と共に生きる。        (杉本顯俊著 法語掲示板より)

 

本年の当院修正会の際、お参りいただいたご門徒さんに紹介させていただいた言葉です。

 

昨年は、新型コロナウィルス(以下「コロナ」)の影響により、多くの行事を中止あるいは規模縮小せざるを得ない状況でした。

それどころか、私たちの日常生活においても、移動制限、三密回避、ソーシャルディスタンス確保、非接触、リモートワークなど、コロナ蔓延防止のための新たな日常の価値観に従わざるを得ない状況となりました。

今まで積み上げてきた経済成長や、世界でもトップクラスの医療体制は崩壊の危機にさらされ、これからどのような世の中になっていくのか、全く想像ができなくなってきています。

 

私たちは、先の見通しがきかない状況に陥ると、ひどく不安を感じます。

「コロナが憎い」「コロナがなければ。。。」などと愚痴もこぼしたくなります。

しかしながら、そもそも世の中とは、未来の確約など何もない、いつどうなるか分からないものであり、そんな無常の嵐の中に私たちは生かされているのです。

コロナ禍だからではなく、もともと世の中とはそういうものなのだと、皮肉にもコロナにより気づかされることになりました。

 

インド独立の父と呼ばれたガンジーさんは

「明日死ぬかのように生きなさい。そして永遠に生き続けるかのように学びなさい。」

という言葉を残されています。

 

コロナだから何もできないと悲観したりあきらめたりするのではなく、“今何ができるか”“今何をすべきか”を常に考えて、思考停止にならず、日々を過ごすことができたなら、コロナ禍であったとしても、素晴らしい人生を送ることができるのではないでしょうか。

今こそ、いただいたこの命を、この一瞬一瞬を、力の限り生きていきたいと強く思うのです。

 

大学や高校の受験シーズンがやってまいりました。

我が家の二人の娘たちも、それぞれ大学、高校の受験を迎えようとしております。

コロナ禍であっても腐ることなく努力し続ける姿に、我が子ながら感心し、私自身の日常を反省することもしばしば。

結果はどうであれ、今日を、この一瞬を、懸命に生きようとする姿勢を、これからも大切にしてください(とは言っても、結果も求めますよね(笑))。

 

某有名塾講師の「いつやるの?今でしょ!」という言葉が響きます。

目の前の課題から逃げたり、大切なことを先送りせず“今日を生きる”ことを心がけていきたいものです。

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