宮本美和子 (朝日高根組 長圓寺門徒)

母と私の二人暮らしになって数十年、母の認知症が発覚して十年近くたっていた

去年の十一月、母は枯れるように自然に命を終えました。

 肺炎で三日程熱が出てつらそうでしたが、まさかのあっけない別れでした。

 ある程度の覚悟はしていましたが、やはり別れは悲しくて淋しいものでした。

その中でも、九十五歳の「いのち」を生ききった母の安らかな顔には、

「ご苦労様でした。ありがとうございました」と感謝の気持ちで自然に両手が

合わさりました。

 しかし……、生前認知症の進行と共に、介護もだんだん手がかかるように

なってきた数年間は、介護の厳しさを思い知らさせる日々でもありました。

 「どうしてこんなことができないの!!何で汚してしまうの!」と腹が立ったり、

いら立つばかりの生活でした。

 そんな自分が自己嫌悪に陥ることもあり、葛藤の日々もあったと思い返しています。

 しかし、母亡き後、つらかった日々は思い出のかなたにいってしまい、

ただ懐かしさが増してくるばかりです。

 そして、私達子や孫に伝えたかったのは、

「いのち」のはかなさと尊さであったとお内仏の前に座すたび思わされます。

 寝たきりになり、意思の疎通もままならない姿で「いのち」の重さ、

計り知れない多くの関わりの中で紡がれ、繋がって私に迄、願いが教えられています。

 

 コロナ禍の中、一月に三十年来の知人が予期せぬ形で突然、

お浄土へ還っていかれたのです。大変なショックで涙が止まりませんでした。

 知人は、透析をしなければならない不自由な生活の中でも常に前向きに、

穏やかな日々を過ごされていました。

その姿は常に死と真摯に向き合っていられたからの生き様と思われます。

 難しい歴史の話を分かり易く話してくださったり、若い頃の淡い恋話までも楽しく、

落とし物忘れ物も人並み‼ とっても人間味のある忘れられない方です。

 生老病死のただ中に生かされている私達に早く気付いてくれと願われ、

促されていると思わされる。知人との哀しい別れでした。

 

 しかし今、一人暮らしになった話の日常においては、朝雪が降ってたら嫌だなーッ‼

腰が痛いと気分は落ち込む‼

孫たちが来てくれたからといって嬉しいばかりではありません。

怒ったり文句いったり‼思い通りにならない日暮らしのまっただ中にいます。

 こんな私を亡き人はお内仏へと誘ってくれます。

手を合わせて南無阿弥陀仏と称えよと促してくれます。

朝夕、お内仏の前に座らせてもらう時間は、『正信偈』や御文さまのことばにふれる度、

難しい言葉の解釈はわからないまま、コロナ禍の今の安らぎです。

 知人からいただいた蘭の鉢は、今年も元気で可憐な花を沢山つけて、

私の心を癒してくれています。

 そして、母から連綿と繋がる命は、曽孫達にまで受け継がれ、

今賑やかに部屋の内外を元気にはしゃぎ廻っています。

                                                                                                合掌